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研究報告
三重の生きものだより  第9号  2001.3.31発行

フェリーによる伊勢湾のスナメリ観察の試み

若林郁夫・松本リカルド剛・岡由佳理・阪本里美

志摩半島野生動物研究会

スナメリ  スナメリNeophocaena phocaenoides (G.Cuvier,1829)は、日本沿岸に生息する小型歯鯨類として知られ、近年では生息数の減少が心配されている(粕谷, 1997)。伊勢湾・三河湾は本種の主要な生息海域として知られており、宮下ほか(1994)は1991〜1994年の調査結果をもとに同海域の生息数を1900頭と推定している。しかし伊勢湾・三河湾のスナメリの生息数に関する継続的な調査は行われておらず、今後は生息数や生息環境のモニタリングが保護のため重要と思われる。一方、日本国内ではフェリーを利用した本種の調査が瀬戸内海(Kasuya and Kureha,1979)や西九州沿岸海域(Shirakihara ,M. et al. ,1994)で行われているが、伊勢湾における同様の調査報告は見あたらない。そこで著者らは、伊勢湾におけるスナメリのモニタリングの一手段として、フェリーによる調査の可能性を探るため、1996年4〜6月に三重県鳥羽市と愛知県知多半島師崎を結ぶフェリーに乗船し、甲板からスナメリの観察を試みたので報告する。
<方法>
 観察は、海が穏やかであった1996年の4月25日、5月17日、6月6日に行った。表1に示した鳥羽〜師崎間を航行するフェリーに毎便2名以上で乗船し、高さ約5.5mの左舷と右舷の甲板中央から海面に浮上するスナメリの姿を探した。なお、観察は裸眼で行い、補 助的に双眼鏡を使用した。乗船中は、天候、海況(ビューフォート風力階級)、太陽光による海面反射を10分間隔で観測し、スナメリを発見した際には、発見時刻、発見位置の緯度・経度、頭数、フェリーからの距離、行動、新生仔の有無などを記録した。なお、フェ リーは鳥羽〜師崎間をほぼ同一のコースで平均時速15ノット、約70分で航行した。
表1.フェリーの運航ダイヤ
1便 鳥羽 8:05→ 師崎
2便 師崎 9:30→ 鳥羽
3便 鳥羽 10:55→ 師崎
4便 師崎 12:25→ 鳥羽
5便 鳥羽 13:45→ 師崎
6便 師崎 15:10→ 鳥羽
7便 鳥羽 16:35→ 師崎
8便 師崎 17:55→ 鳥羽
表2.観察時の天候、海況、海面反射、発見群数(各群の頭数)、スナメリまでの距離
観察日乗船便天候海況海面反射発見群数
(各群の頭数)
距離(m)
4/251便快晴1~2激しい 
2便快晴0~2激しい2(2,1)70,70
3便快晴0~1なし3(2,1,1)10,120,80
4便晴れ0~1少し1(2)40
5便晴れ0~1激しい1(1)200
6便晴れ1~2激しい2(3,3)60,60
7便晴れ0~1激しい 
8便晴れ0なし 
5/171便快晴1~2激しい 
2便快晴1~3激しい2(1,1)60,100
3便快晴1~2なし1(1)120
4便曇り1~2なし 
5便曇り 2~3なし 
6/61便晴れ0~1激しい 
2便晴れ1激しい1(3)75
3便晴れ1なし1(1)75
4便晴れ1~3なし 
5便晴れ1~3少し2(2,3)200,40
6便晴れ1~3少し 
7便晴れ1~3激しい1(1)150
8便晴れ1~3激しい 

図1.スナメリ発見位置  −−−−はフェリーの航路を示す。
4月25日(●印)
 ・34°40′61″N,136°58′59″E(2頭)
 ・34°30′94″N,136°54′58″E(1頭)
 ・34°30′30″N,136°53′21″E(2頭)
 ・34°30′45″N,136°54′37″E(1頭)
 ・34°41′07″N,136°59′00″E(1頭)
 ・34°30′69″N,136°54′53″E(2頭)
 ・34°35′80″N,136°58′20″E(1頭)
 ・34°30′43″N,136°53′90″E(3頭)
 ・34°38′47″N,136°58′27″E(3頭)
5月17日(▲印)
 ・34°39′35″N,136°58′65″E(1頭)
 ・34°31′67″N,136°54′30″E(1頭)
 ・34°32′21″N,136°56′84″E(1頭)
6月6日(■印)
 ・34°38′04″N,136°58′28″E(3頭)
 ・34°36′60″N,136°58′24″E(1頭)
 ・34°30′24″N,136°53′65″E(2頭)
 ・34°30′36″N,136°53′74″E(3頭)
 ・34°33′86″N,136°57′66″E(1頭)

<結果と考察>
 表2に各便の天候、海況、海面反射、発見群数(各群の頭数)、フェリーからスナメリまでの距離を示した。5月17日は午後から海況がやや悪化したため5便で観察を中断したが、それ以外の日は8便すべてに乗船し観察を行うことができた。各便の観察時の天候はおおむね晴れ、海況はビューフォート風力階級の0〜3の範囲内で推移したが、4月25日が最も穏やかであった。また、4月25日の観察では1便で霧、8便で明るさの不足など、視界がやや落ちる傾向にあった。太陽光による海面反射は、正午前後の3・4便ではほとんど影響がなかったが、1・2・6・7・8便では認められ、海面が見えにくいことがあった。
 スナメリは、海が最も穏やかであった4月25日に群数・頭数とも最多の9群16頭を記録したが、観察を試みたいずれの日にも発見され、3日間で乗船した22便の半分にあたる11便で17群29頭を確認することができた。発見があった便の発見群数は1〜3群、1群あたりの頭数は1〜3頭(平均1.7頭)、単独の遊泳が17群中9群と多かった。本種に単独の遊泳が多いことは、瀬戸内海(Kasuya and Kureha,1979)や西九州沿岸海域(Shirakihara ,M. et al. ,1994)でも報告されており、伊勢湾においてもこれを支持する結果となった。また、フェリーからスナメリまでの距離は、最短が10m、最長が200mで、100m以内での発見が17群中11群と全体の半分以上を占めていた。今回、スナメリがフェリーに興味を持ち追随するような行動は観察されなかったが、比較的接近した距離での発見が多かったことは、フェリーに対する逃避行動もそう激しくないことを意味するものかもしれない。なお、瀬戸内海(Kasuya and Kureha,1979)と西九州沿岸海域(Shirakihara ,M. et al. ,1994)におけるフェリーの調査では、スナメリまでの距離が200mを越えるケースが報告されているが、今回は200mを越えることはなかった。これは、双眼鏡の使い方など著者らの観察能力に未熟な点があったためかもしれない。また、発見したスナメリの中に新生仔と思われる小さな個体は確認されなかった。
 図1は、今回の観察におけるスナメリの発見位置を示したものである。スナメリは鳥羽〜師崎間の各所で発見されたが、特に発見が集中したのは答志島と菅島間の東の海域であった。また4、5、6月の発見位置に顕著な差は認められなかった。
 今回の観察結果から、伊勢湾を航行するフェリーにおいてもスナメリの観察が充分に可能であり、生息状況のモニタリング手段として有効である可能性が示唆されたと言える。また、海況が最も穏やかであった日に発見が多かったこと、1便と8便で霧や明るさによって視界がやや落ちる傾向にあったこと、さらに1・2・6・7・8便で海面反射の影響を受けたことを考慮すると、鳥羽〜師崎間を航行するフェリーによるスナメリの観察は、4〜6月に限っては海が穏やかな日の正午前後の3・4便で行うことが理想的と思われた。
 フェリーによる伊勢湾のスナメリ観察は今回が初めての試みであったが、今後もこのような観察を継続し、スナメリの生息状況の把握、保護活動に生かして行きたいと考えている。

<引用文献>
Kasuya, T . and K. Kureha . 1979. The population of finless porpoise in the Inland Sea of Japan. Scientific Reports of the Whales Research Institute , 31:1-44.
粕谷俊雄. 1997. スナメリ. (日本哺乳類学会編:レッドデータ日本の哺乳類)pp.142-143. 文一 総合出版,東京,279pp.
宮下富夫・島田裕之・帝釈元・浅井康行. 1994. 伊勢・三河湾におけるスナメリの密度とその季節変動. 日本水産学会秋季大会講演要旨, p.58
Shirakihara, M., K. Shirakihara and A. Takemura. 1994. Distribution and seasonal density of the finless porpoise Neophocaena phocaenoides in the coastal waters of western Kyushu, Japan. Fisheries Science 60, :41-46.



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